Aaki Hikaru

読書・自然 / 写真・語学・ドラマについて

心地のよい支配の中で....『薬指の標本』小川洋子

誰もが一度は経験する喪失。その記憶は、年月が経っても忘れることは難しいものです。いっその事、標本にでもしませんか?

 

ご訪問いただきありがとうございます。カオルです。今回は、小川 洋子さんの『薬指の標本』の感想です。表題作『薬指の標本』と『六角形の小部屋』の2編収録。

女心を掴む濃厚な90ページです。2005年にはフランスで映画化されています。

 

小川 洋子さんの作品は、1991年に『妊娠カレンダー』が芥川賞受賞、2004年には『博士の愛した数式』が 読売文学賞本屋大賞を受賞しています。映像化されている作品も多いです。今どハマり中です。

※多少ネタバレあり。

作品

タイトル: 薬指の標本

著  者: 小川 洋子 

発  行: 新潮社

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あらすじ

薬指に怪我負い仕事を辞めて街に降りた主人公は、引き寄せられるようにある所へ辿り着く。その場所では、客が望めばどんな物であっても標本にして保管できるらしい。標本室で事務員として働き出した主人公と、標本を慈しむ標本技術士 弟子丸の話。

感想

実はこの本、小さい頃に実家で見かけたことがありました。装丁に惹かれ、手にとって眺めていたことを覚えています。先日、本屋で再会し、今では一番好きな作品です。

主人公は、徐々に謎めいた男 弟子丸に惹かれ、標本室という特殊な場所の一部になっていく。訪れる客が持ち込む依頼品の背景にある物語が、深く語られていない主人公の心情を浮き彫りにしていきます。

とても濃密に感じた作品でしたが、たった90ページです。主人公の空虚な心が、弟子丸に絡め取られ沈んでいく姿は切なく、少し共感しました。

 

-- 2人の適合 --

”失った”主人公と、それを慈しむ弟子丸の関係ってとてもシンプルですよね。

弟子丸は主人公に対して好意的ですが、どこか冷たく実験的です。体も心もされるがままになってく主人公ですが、最後には受け入れ、自ら求めていきます。

あまりにも長い時間動けなかったので、私は彼の中で、標本にされてしまったような気分だった。P48

 

ガラスに自分の姿が映っていた。まるで彼の靴に口付けしているかのようだった。P70

 

そもそも標本室は、誰もが辿り着ける場所ではないらしいのです。

この標本室に出会える人間は限られている・・・P46 弟子丸

本当に標本を必要としている人たちは、目をつぶっていてもここへ辿り着けるんです。P18 弟子丸

主人公と弟子丸の出会いは偶然ではないかもしれませんね。

 

-- 心地よい束縛 --

弟子丸は主人公に"ある"プレゼントを送り、ずっと身につけるように言います。それは、主人公にぴったりのサイズに作ってあるもので、他人が身につけることはできません。

「電車に乗る時も、仕事中も、休憩時間も、僕が見ている時も見ていない時も、とにかくずっとだ。いいね」P37

束縛って、人によっては煩わしく思うかもしれませんが、心のどこかに不安を抱えた人間にとっては安心感を得る呪文。自分は必要とされている、相手の中に居場所があると思うことが出来る。

明日も仕事がある、私は一人じゃない、誰かの役に立ちたいとか、多少のルールや価値観、未来の約束事に縛られることは精神バランスを保つために必要なことではないでしょうか。

 

 

--不自由という幸福--

自由になんてなりたくないんです。・・・・、標本室で、彼に封じ込められていたいんです。P87

どこへ向かえばいいのかわからない、一人になりたくない。そう感じました。

 

作中登場する標本達は、依頼人の痛みや恐怖といったネガティブな感情を纏った品。それらを慈しむ弟子丸にとって、主人公はどういう存在だったのか?

それは、標本のためだからだ。ここでは、標本がすべてに優先されるんだ。P74

弟子丸以外の人間は決して入ることのできない地下室。そこへ入ることこそが、本当の意味で彼に愛されることなのだと知った主人公。

地下室へ向かうのか、それとも弟子丸からのプレゼントを外して自由をとるのか。選択権は主人公にあります。

 

芸術

物語全体が静謐な空間のようでした。芸術、幻想、フェティシズム

弟子丸は主人公を裸にする時も、自分の送ったプレゼントだけはそのままにしているんです。上手く言えませんが、それに性的ないやらしさを感じないんですよね。芸術なんですよ、うん。

幻想的な世界観ですが、遠い国のどこかに存在するかもしれない、そんな距離感。

標本室や弟子丸については、ほとんど語られず謎のまま。だからこそ私の心を掴んで離さないんですよね。

ぜひ読んでみてくださいね!

 

【写真】新緑 日本の美【京都・瑠璃光院】陰翳礼讃

ご訪問いただきありがとうございます。今回は2023年4月に行った新緑のレポートです。

雨あがり艶やかな新緑を撮ることができました。

場  所 : 京都 【無量寿光明寺 京都本院 瑠璃光院】

比叡山の麓に位置し、四季折々に移ろう美しい景観の中で誰もが”浄土の世界”に触れることができる瑠璃光院。 瑠璃光院HPより

数年前に一度、紅葉を見に訪れたことがあります。

通常は非公開で、春と秋の特別拝観期間のみ公開されているようです。

入館料は一人2,000円でした。同じチケットで隣の美術館にも入場することができました。

▽山門

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瑠璃光院ってどんなとこ?

緑薫る静謐な空間で、心おだやかな時を過ごす。

瑠璃とは、極楽浄土を飾る七宝の一つである浄土の色。種々の楓が繁茂する深山の地に、幾重もの苔に覆われ清らかな泉が湧く。その主庭全体がまさに瑠璃色に輝かんとする様子から「瑠璃光院」という寺号がつけられた。

瑠璃光院 HPより

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日本の美。陰翳の美。芸術ですね、うん。

静かで薄暗い空間は、目と耳を癒し精神を清め、目の前に広がる活力あふれた緑は心を明るく元気にしてくれます。

 

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美しい青紅葉。朝まで降った雨のおかげで、葉がみずみずしく輝いて見えました。

寺院内は、どこを見渡しても美しい。

 

台や障子は陰に覆われて色を失くし、外に広がる緑は光に包まれ輝いている。

光の中から眺めるのも良いけれど、陰翳の中でしか味わえない美しさがあります。

 

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ひんやりと澄んだ空気が、青々とした緑や苔の深い薫りをのせて、体に流れ込んできました。息を吐き出すと同時に、心の毒素が押し出されるようです。

 

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連休前の平日だったからか人が少なく、静かで心安まる時を過ごすことができました。

私は緑色と黒色が好きなんです。モノトーンコーデに小物は緑が多いです。どうでもいい話をすみません 笑

また紅葉の季節に訪ねたいと思っています。

 

影の中で眠る

私の最も愛する風景は、視界に陰と光が共存している空間といいますか、境目です。

目を陰翳の中に置いて、奥に見える光をそっと眺めるのがいいんです。

疲れが溜まった週末は、日が落ちるまで部屋の明かりをつけません。しっかり日光が入る家なのでカーテンで遮り、ぼんやりと光が入る程度の薄暗さを楽しみます。

陰といえば、ひんやりと肌寒さを連想する人が多いと思いますが、私は芯から広がる深い温もりを思い浮かべます。もちろん実際は寒いんですけどね・・・。

どんな尖った形であっても、陰になると朧げで柔らかい印象を与えてくれます。

翳り始めたと思えば、また光に包まれるといった流れを感じるのも好きです。

これに関しては変わった感性だと自覚しています。

とはいっても、陰翳に浸かりすぎるのは健康に悪いので、泣く泣く控えめにしています。

 

陰翳礼賛

今回 撮影した日本の風景ついて考えてみました。

薄暗い和室に窓と緑といった素朴な風景が、どうしてこうも美しく見えるのだろうか。

実に感覚的なもので、なぜと問われると具体的に答えられません。

私は陰翳を利用して写真を撮ることが多いですが、日本の和を意識している訳ではありません。陰翳の中でこそ輝くものがあると考えているのと、単純に美しいと思っているからです。畳や縁側、襖、といえば現代の照明器具とはあまり結びつかず、自然光だけの薄暗さをイメージしてしまいますよね。

 

谷崎潤一郎の名随筆『陰翳礼賛』に答えがありました。

われわれは一概に光ものが嫌いと云う訳ではないが、浅く冴えたものよりも、沈んだ翳りのあるものを好む。それは天然の石であろうと、人工の器物であろうと、必ず時代のつやを連想させるような、濁りを帯びた光なのである。陰翳礼讃 P69

 

暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。

事実、日本座敷の美は全く陰翳の濃淡に依って生まれているので、それ以外に何もない。 陰翳礼讃 P115

 

われわれの座敷の美の要素は、この関節の鈍い光線に外ならない。われわれは、この力ない、わびしい、果敢ない光線が、しんみり落ち着いて座敷の壁へ沁み込むように、わざと調子の弱い色の砂壁を塗る。陰翳礼讃 P116

 

現代に生まれた日本の風景とはどのようなものなのだろうか。

この先、今私が生きている時代の風景はどれだけ残るのだろうか。

その時代に生まれた文化は時と共に薄れていき、時代を生きた人間は寂しく思うかもしれません。なぜなら実際に祖母がぼやいているからです。

今になっても人々は安らぎや美しさを求めて、遠い過去に作られた日本の風景にお金を払ってまで足を運んでいる。他国の影響を受けずにあった日本の風景に美しさを感じていることは確かですよね。

未来の私がどのような風景を見て寂しさを感じるのか楽しみであります。

今はまだわかりませんが、失って初めて気付く美が隠れているかもしれません。

 

陰翳の魅力については今すぐにでも味わえるものなので、外が明るいうちに

まあどう云う工合になるか、試しに電燈を消してみることだ。陰翳礼讃 P242

です。

 

他にも撮影したものがあるので、Instagramに投稿しようと思います!

 

【ドラマ】来世でもあなたに会いたい『一生一世 (FOREVER AND EVER)』感想

こんにちは、かおるです。今回は華流ドラマの感想レビューです。本の感想と違ってドラマになると、情緒が不安定になることをご了承ください。

今回は、現代編『一生一世 (FOREVER AND EVER)』について書きます!ではいきます!

中国全土が涙した作品『周生如故』の続編『一生一世』、悲劇的なラストを迎えた前作から続く今回の作品。主演は引き続き、任嘉伦(アレン・レン)と白鹿(バイ・ルー)が演じてます。現世が舞台の本作ですが、登場人物の設定があまりに華やか( 御曹司の化学教授 × 上海に家持ってる売れっ子声優 )で、正直ちょっと引きましたけども、2人の関係を見守る隊としては、今回ばかりはドンとこい!でした。

作品

タイトル : 一生一世 (FOREVER AND EVER)

原  作 : 一生一世,美人骨 (作家:墨宝非宝)

主  演 : アレン・レン(任嘉人(レン ジャー ルン))/ バイ・ルー(白鹿)   

配  信 : iQIYI (爱奇艺)  全30話   

現代編『一生一世』と、古代編『周生如故』の2作が実写ドラマ化されています。

※人名にフリガナを打っておりますが、私の耳感覚ですのでご了承ください。

※ネタバレになる可能性があるので、何も知りたくない方は注意ください。

あらすじ・キャスト

業界トップの声優である时宜(シューイー)/白鹿(バイルー)は、仕事先からの帰りに広州の空港で、帰国したばかりの化学教授の周生辰(ジョウシェンチェン)/任嘉伦(レンジャールン)と出会う。 

配音を担当していた作品に登場する"小南辰王 周生辰"と同じ名であることを知った时宜は、思わず追いかけ声をかける。2人は半年間Mailで交流をしていたが、西安での再会をきっかけに、距離が縮まり関係を深めていく。

旧家 周家の長男であり、複雑な立場にいる周生辰は、家業を立て直し継ぐために結婚をしなければならなかった。そして出会って間もない时宜にプロポーズをする。

一部の家族からの嫌がらせを意に介さず、时宜との関係を順調に深めていく周生辰だが、同時に一族内に不穏な影がさし、ついには争いに巻き込まれてしまう。

前世から続く二人の想いは、今世で結ばれるのか。輪廻転生の感動ラブストーリー。

感想

第一話から号泣でした!笑 悲嘆の号泣ではなく、歓喜、感激の号泣でした。悲劇的なラストを迎えた前編『周生如故』の周生辰(ジョウシェンチェン) と时宜(シューイー)の2人は、ついに現世で運命的な再会を果たします。輪廻転生最高!この2人には、この次もその次の来世もその次のさらに次も再会してほしい!

今回は、俳優本人の声でしたね!中国のドラマは、プロの声優さんが声を当てている作品も多いです。今回 时宜が演じた職業です。日本では見ないですよね。前作の周生辰に声を当てていたのは"边江"さん。めっちゃええ声です。低くて落ち着いたセクシーボイス。

バライティ番組でも活躍している白鹿(バイルー)さんは、綺麗でクールな雰囲気のある女優さんですが、実は結構なゲラで、笑って撮影が止まってしまうこともしばしば。知的で面白い、明朗快活な女性。ラブコメに多く出演されているイメージがありますが、『周生如故』『一生一世』を通して、どこか憂を帯びた、落ち着いた女性の役を見事に演じ切っていました。何度 彼女の涙につられて泣いたか・・・数えきれん。

ここが見どころ

真面目で優しい堅物男子の周生辰

时宜(シューイー)は周生辰(ジョウシェンチェン)と距離を縮めたいと考えいる一方、鈍感で真面目な彼はなかなかその気持ちを察知できず、彼女の期待と打って変わって、見当違いな反応を見せます。2人のやり取り、ラブコメ要素が見どころです。

时宜の方からグイグイと推してリードするのですが、その度に周生辰があたふたするところが尊い、うん。堅物かと思いきや、天然爆発で突然距離0まで近づいてきたり。尊きかな。

とくに 17話の『我准备好了(準備できてるよ)』は最高。このシーンは実際に、时宜演じる白鹿も撮影現場で爆笑していましたね。笑

 

前世の縁

前世の二人を再現するようなシーンが要所に盛り込まれていて、前作との繋がりが演出されています!輪廻転生、物語の壮大さを感じます。撮影は『一生一世』を先に撮ったらしいです。

「我能看到你的过去( あなたの過去が見えました)」时宜

「你相信前世今生吗 ( 前世を信じますか?)」

中国は歴史も長く、神話、伝説、八卦、色々ありますよね。好物です。

占いを信じている人も多いように思います。←私個人の意見です。

私は信じるタイプです。夢がありますよね。もしかしたらこの人とは、前世でも友達だったのかな?とか思っちゃったりします。笑 とにかく!前作の『周生如故』を先に見ることをおすすめさせていただきたいです!笑

映像・演出

今回の舞台は西安と上海が舞台。西安は歴史的建造物が多く、秦の始皇帝の陵墓のために造られた”兵馬俑”や、道教の聖地”華山”、三蔵法師ゆかりのお寺”大慈恩寺(大雁塔)”が有名です。私が今読んでいる円城塔先生の『文字渦』川端康成文学賞受賞作品の舞台でもありますね、うん。←全く関係ない

时宜と周生辰の初デートは”青龍寺”。美しい建物と桜、景色。この地が舞台なのは、物語に関係してたりすると思います!

前世の再現については先ほども述べましたが、2人の想いが重なる○話の映像演出には心震えました。作中の雨天日にハズレなしです!笑 相変わらず、顔ではなく髪を触ってしまう周生辰!!!

音楽・OST

♪  续写 /   单依纯

私的名シーンで結構流れます!

♪  定格 /  颜人中

♪  心动 /   白鹿

时宜役の白鹿が歌っています。可愛い。

♪  无虞 / 李紫婷&井胧

♪  何去何从 /  陆虎

♪  给你给我 / 毛不易 有名歌手

YouTubeでも聴けると思うので、興味のある方はぜひ。

 


www.youtube.com

 

 

前作の感想も書いているのでよろしければ、こちらもお願いいたします。

hikaru-hua.com

 

『一生一世,美人骨』は、私が一番好きな作品です。前作を見た後に見ることをおすすめします!日常会話を学べるので、中国語の勉強にもなります!

 

もし、何度も姿を変えて人生を歩むことができたらー『某』川上弘美

ご訪問いただきありがとうございます。カオルです。

今回は、川上 弘美さんの『某』の感想、紹介です。ネタバレの可能性あります。

川上 弘美さんの作品は、1996年に『蛇を踏む』が芥川賞受賞、2001年には『センセイの鞄』が谷崎潤一郎賞を受賞しています。その他賞も多く受賞されています。大好き大好き推し推し作家さんです。

作品

タイトル: 某

著  者: 川上 弘美

発  行: 幻冬社

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あらすじ

名前も性別も自我もない。ある日どこからか突然出現した「誰でもないもの」の存在には、始まりも終わりもない。

人間の姿に擬態できる「誰でもないもの」は蔵医師の元で治療を受けることになる。治療法は擬態した姿ごとにその人間を演じ、自我同一性を確立すること。そうして高校生 丹羽ハルカになった。

その後、老若男女国籍問わず何度も姿を変え生きる「誰でもないもの」は、多くの感情を知り、仲間と出会い、長い時を経て少しずつ変化していく。「誰でもないもの」は「自分」になることができるのだろうか・・・。

感想

「誰でもないもの」と共に自分探しの旅へ出掛けて、戻ってまいりました。

今回も川上弘美さんの描く、近いようで遠い独特な世界観にどっぷりハマりました。

SF要素の強い本作ではありますが、こうも身近に感じる要因は、やはり本質を捉えた心理描写だと思います。現実離れした登場人物と世界観のおかげで、人間のリアルな心の動きに酷く心抉られることがない、その絶妙なバランスがたまらない。ふわっと心地よく、刺さる不思議な物語。

誰かを演じること

「誰でもないもの」が擬態し人間を演じることで、少しずつ違和感を抱く部分に共通点を感じました。どこか自分らしくない気がするけれど、一体何だろうか?単純な疑問であるけれど、その正体を突き止めるのは難しい。

心を守りながら日々生きるには、多くの仮面が必要になる。 学校、社会、環境に適応するため適切な人格で対応する。 そして、いつの間にか自分の素顔を忘れてしまうのだ。

嘘を重ね、真実を見失う。 それは自分に対してついた嘘も同じだと言えないだろうか。

自己分析を行う自分は自分なのか?笑 ..というか人間って何?なんて考えるほどに引き込まれましたが、御伽話だと落とし込める柔らかさがあるので、いい読み心地。

自己の統合

「誰でもないもの」は何度も姿を変えてあらゆる人生を生き、共感すること、愛すること、恐ることを知っていく。成長を描いた物語であると思うが、統合という言葉もしっくりくる気がする。

後半の章では、物語の色が変わり飽きさせない。「誰でもないもの」が迎えた結末はとても良かったと思います。

誰かのために生きること

自覚無く誰かのために生き始めていた「誰でもないもの」は、体を変化させることができなくなってしまう。

愛すること、誰かのために生きることを知った時、恐ることを知るのではないか。

自己犠牲は行き過ぎた表現かもしれないけれど、それに似た行動自体が自分の心をよく知っているという証明になるのではないかと思う。

愛を知る

「なぜ二十年間ずっと一緒だったのに、今まで気づかなかったの?」

「時が満ちたんだよ」

このやりとりがめっちゃ好き。「時が満ちたんだよ」って。わかる気がする。

友達、家族にも言えることですが、永い間そばにいても気付かなかった気持ちを、ある日突然自覚する瞬間ってありますよね。

今回の相棒

シトラスウィンターの香り。精油は1滴くらいがちょうどいいらしい。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

川上弘美さんの作品を読破することが最近の目標です。

私は、世界における自分の位置を確かめることよりも、自分そのものを慰撫することが好きだ。P167 ラモーナ

この言葉が好きです。心静かにのんびりと生きていたいですね。

 

 

 

人生を変えた運命の出会い ー『光のとこにいてね』一穂 ミチ

 

 

訪問いただきありがとうございます。カオルです。

今回は一穂ミチさんの『光のとこにいてね』の感想です。

一穂ミチさんの作品は、2021年に『スモールワールズ』吉川英治文学新人賞を受賞し、直木賞本屋大賞では候補に入り注目を集めました。

作品

タイトル: 光のとこにいてね

著  者: 一穂 ミチ

発  行:文藝春秋

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あらすじ

古びた団地の片隅で、結珠(ゆず)と果遠(かのん)は出会った。2人の少女は、裕福な家庭と母子家庭とで育ちは違ったが、歪んだ家庭環境という共通点があった。幼い2人は強く惹かれあい絆を結ぶが、ある事情で離れてしまう。四半世紀に渡り、別れと再会を繰り返した2人の成長と人生を描いた長編作。

感想

この作品は主人公 結珠と果遠の視点別に書かれているので、それぞれの気持ちを知ることができます。特に幼少期の2人の心情が印象的でした。とてもリアルでした。忘れていた懐かしい記憶がよみがえる感覚。第一章は幼い頃の自分の目を通して読むことができ、没入度が高かったです。

母親の事情に振り回され何度も引き離される2人ですが、その原因となる事情や「母と娘」の関係性も生々しくて、心が濁る。だからこそ2人の人生から目が離せず、読み進める手が止められませんでした。

はじめて

結珠は私立小学校へ通い毎日のように習い事に励みながらも、母親の顔色を窺い生きている。果遠は母親の強いこだわりや周囲への振る舞いが原因で、小学校にも団地にも友達がおらず孤独に生きていた。

そんな二人を強く結びつけたきっかけは ”はじめてではないかと思います。

幼い頃はたくさんの”はじめて”の経験がありますよね。

好奇心から自身で行動し得たり、テレビや視覚的にどこからか知ったりと多くのことを学びます。先生や両親から与えられる”はじめて”よりも、友達からもらう"はじめて"はまた違ったものであったような気がします。

彼女たちは、自分の生きているスペース(環境)では得られないような、望んでも手に入れられないと幼いながらに理解していた”何か”を与え合った。

喜びと自信

結珠は同年代の子供達よりも多くを知っていて、たくさんの事ができる子供だったと思います。果遠は逆に知らないことが多かったけれど、心が自由で強い子だった。

結珠がもらったはじめては「相手に教える喜び」

果遠がもらったはじめては「できる喜び(自信)」

時計が読めない果遠は、そんな自分を諦めていましたが、結珠に読み方を教わり変化します。二人が与え合ったものは、先の人生にも大きな影響を与え、勇気と支えになっていく。

私は果遠と自分を重ねました。自分に新しい世界を見せてくれた友達に対しては、今でも尊敬や憧れを抱いています。達成感とはまた違う、その瞬間に感じた喜びは忘れられません。

強く心に残るという点は、初恋と似た感覚なのかもしれません。

強さ

結珠との再会を強く願い努力してきた果遠ですが、母親のために結珠と過ごす時間を犠牲にします。

「お前は強くて優しいから、弱いお母ちゃんを捨てられない。捨てるのはいっつも弱い方なんだ」

思い返すと、私はこれまでいろんな場所から逃げる選択をしていたように思います。

自分が強ければ、離れずに今でも笑い合える関係にいたのかもしれないと思う人間が何人か頭に浮かびました。

光のとこにいてね

この「光のとこにいてね」というタイトルが好きです。作中に果遠が言います。

果遠の結珠に対する真っ直ぐ気持ちが詰まっている言葉です。

わたしがどんなに結珠ちゃんを支えにして、希望にして、結珠ちゃんに会いたかったか。その気持ちの重さを天秤に載せた時、反対側のお皿に「理屈」や「納得」を積んで釣り合いが取れなきゃだめなのかな。 果遠

抑えられない気持ち、原動力、そういった激しい感情には理屈が沿わないことの方が多い気がします。

理性的に考えても変えられない現状があるならば、少しだけ感情を優先することで未来を変えることが出来るのかもしれません。それは自分の望みに向かって歩くことにもなります。

自分に希望を与えてくれる、心を支えてくれる存在は大切ですね。例えば、推しとか。

関係性と未来

二人の関係性についてはよくわかりませんでした。大親友以上恋人未満。あるいは姉妹?とも言える。うん・・・言葉で表現できない。

 

ラストはうまく消化することができませんでした。

ワクワクする気持ちと、不安な気持ち。読者によって受け取り方が変わる終わり方だと思います。

 

初めてできた友達の記憶を思い出すことができた、良い読書時間でした。

今回の相棒

今日の香りは「シトラスウィンター」

これはストライクです。甘いようですっきりとした香り。

 

 

母と子の成長の物語 ー『宙ごはん』町田そのこ

ご訪問いただきありがとうございます。

今回は、町田そのこさんの『宙ごはん』本屋大賞候補作の感想、紹介です。

町田そのこさんの作品は、2021年に「52ヘルツのクジラたち」が本屋大賞受賞しました。

作品

タイトル: 宙ごはん

著  者: 町田 そのこ

発  行: 小学館

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あらすじ

宙(そら)には、生みの親の花野と育ての親の風海がいる。小学生に上がる頃、花野と住むことを選んだ宙ですが、花野は子供をあまりかまわず、家事はしない、仕事と恋人を中心とした生活を送っていた。母親の一番にはなれないと悩み悲しむ宙を支えていたのは、花野の後輩でレストランのシェフをしている佐伯。彼は幼い宙の食事係であり父親代わり。辛い時にいつもそばにあったのは温かいご飯であった。

感想

成長という言葉を強く意識感じる作品でした。”親も子供と共に成長する”というのが大きなテーマとなっていると思います。宙は花野と過ごすうち、さまざまな疑問を抱きます。親子とは、愛とは何だろうと。

人は過ごす環境や、関わる人々に影響を受け、常に変化し人格が形成されていくということを、作品を通し改めて感じました。そこで答えのない疑問が浮かぶわけです。心の成長とはどこに向かうのが正解なのか。ゴールはどこ。その先は?

環境

有名な熟語で”孟母三遷の教え”があります。子供の教育には環境が大きく影響するという意味です。墓地のそばに住むと子供が葬式の真似事をし、市場のそばへ引っ越せば、商人の真似事をした。最後に学校のそばへ引っ越した時、子供が礼儀作法の真似事をしたので、教育に一番適した場所だと母親は思ったことから。

宙は花野と住むことで日々影響を受けることになります。

「ひとと付き合うってどんなもんなのかなって思ったから」

好意のない相手とお付き合いをしてみたり、別れてみたり。子供は親を見て考え行動し、学ぶ。

「ひとはどうして別れるんだろう。その理由がどうしても分からないから、わたしは自分で経験してみたかった。そしたら、何か少しでも理解できるかと思ったの」

宙は花野の影響で、早くからたくさんの感情と向き合うこととなってしまい、他の子供達よりも大人びていきます。

子供らしい無邪気な幼少期を過ごしたようには思えず、悲しい気持ちになりました。

少し心理描写が宙の年齢と合っていないようにも感じました。

成長

花野は子供の愛し方がわからない母親です。幼少期に置いてきてしまった感情を、宙や佐伯から受け取り学んでいきます。

どれだけ歳を重ねても、知らない感情に対応することは難しいと思います。それらの感情の意味を知識として持っていたとしても、今の自分の価値観との相性があると思います。簡単に受け入れることは難しく時間のかかることかと思います。

 

親も一人の人間。辛いことがあれば乗り越えるのに時間がかかるし、新しいことに挑戦する時は、足がすくむこともあると思います。どんな時でも親はグッと踏ん張り子供にその姿を隠し続ける。そして子供は成長とともに知ることになる親の強がりに偉大さを感じるのかもしれません。

赦さなくていい

前回読んだ町田さんの作品「ぎょらん」とに共通する「罪を償うこと」がテーマのお話が含まれていました。

「亡くなった人の家族はね、失った辛さや寂しさを乗り越えるのに精いっぱいなんだ。許す余裕なんてないし、そもそも赦す必要なんてない。だってそうでしょう?

・・・・どうしてその罪まで許してあげなくちゃいけないの」 花野

許しを請う謝罪は時に暴力になるということ。

 

hikaru-hua.com

 

まとめ

一人の幼い少女とその母親の成長を描いた物語でした。

私は私のものでありオリジナルだとそう思って生きています。

だけどこれまでに自分が誰と出会って、どんな心境の変化があって、どんな環境で何を得たのかとか、振り返ってみるのも面白いかもしれません。その積み重ね(経験)が今を作っているのだと改めて認識するきっかけを、この作品から貰いました。

自分がわからなくなった時は、振り返るのもいいかもしれません。

"過去を振り返るな"というけれど、迷子になった時は自分が歩んできた地図をなぞることで、何か大切なことを思い出すきっかけになるのかなと思います。

 

 

今回の読書の相棒

今回はゆずの香りです。小さい頃、祖母がゆずの皮をネットに入れてお風呂に入れてくれました。私にとってゆずの香りはリラックス。

 

 

 

 

【写真】雲海記録「竹田城跡」【自然を表す四字熟語】

訪問いただきありがとうございます。

季節外れの内容となってしまいますが、今回は去年11月に行った雲海の写真紹介です。

生憎の雨で、美しい雲海を撮影することはできませんでしたが、写真をInstagramに投稿したところ評判が良かったので、blogでも紹介することにしました。

竹田城跡」は"学者が選ぶ絶景"でも紹介されていました。

場  所 :  兵庫県朝来市和田山町竹田古城山 【竹田城跡】 

竹田城跡は標高353,7m古城山山頂に築かれた山城で、朝の霧が山頂(城跡)の周りを囲むように発生するため、雲海の中に浮かぶように見える姿から「天空の城」とも呼ばれているそうです。※天空の城の写真は撮れませんでした。

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Instagramに投稿した一枚。中間地点辺りで撮影。

妖怪が出そうな雰囲気ですよね。異界へと続く道のようです。和が香る幻想的風景で、とても気に入っています。

 

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不鮮明な写真ではありますが、先の見えない奥深さを感じる壮大な風景。墨絵のような美しさを感じます。



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雨が大ぶりになったので、頂上まで行くことは断念しました。ほとんど何も見えませんでした。これはもう・・・隠れて見えない「暗」の美学です。笑

 

私の世界

人は誰しも理想の世界を持っているのではないかと思っています。私の頭の中にある理想が詰め込まれた独自の世界は、だんだんと現実からかけ離れたものになっていく。

その世界は、頭で浸り癒しを得てもいいし、実現に向けて動くのもいい。

例えば、自分以外の人間がいない世界だったり、深い山の奥にある湖の中にある空間。夜の海の真ん中で波の音を楽しむ様子。深夜のオフィス街、高層ビルに囲まれ見上げる狭い夜空。下町のネオンと入り組んだ路地裏。

知り合いに理想の世界について聞いてみたいけれど、そんな事考えているのは私だけなのかと不安でと恥ずかしさで聞くことができません。

皆さんにはありますか?自分の世界。

「妖」や「幽」が入った四字熟語

今回は写真の雰囲気にあった四字熟語をご紹介したいと思います。

 

深山幽谷(しんざんゆうこく)

人が踏み入れたことのないような、人里離れた奥深い山や谷のこと。

 

妖怪変化(ようかいへんげ)

人智を超えた何か不思議な存在や現象。化け物のこと。

 

陰森凄幽 (いんしんせいゆう)

樹木や草などが生い茂っていて薄暗くてとても静かなこと。

 

魑魅魍魎 (ちみもうりょう)

さまざまな化け物のこと。山や河の怪のこと。

また、私欲のために人を陥れたり害を与える者のことを指す。

 

 

今年の雲海シーズンもいろんなところへ行ってみたいと思っています。